エブリ・ブリリアント・シング公式サイト|東京芸術劇場

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Ryuta in Utha

「エブリ・ブリリアント・シング」日本初演の出演を快諾してくれた佐藤隆太さんから、「この芝居がどんな風に演じられるのか、実際の舞台を観てみたいですね」との提案に、翻訳・演出の谷賢一さんも、制作チームも全員賛同。
とはいえ、隆太さんは、NHKの朝ドラの撮影や民放のレギュラーの合間を縫う多忙の日々を過ごしていますが、隆太さんのマネージメントサイドから「9月12日から5日間でしたら、日本を離れても大丈夫ですよ」との連絡を頂戴した。そこで、私たちは、アメリカの小さな大学町で長い歴史を持つ「ユタ・シェイクスピア・フェスティバル」で上演中のアメリカ版「エブリ・ブリリアント・シング」を観劇するツアーを企画することにした。
4泊6日という弾丸ツアーに参加したのは、佐藤隆太さん、翻訳・演出の谷賢一さん、東京芸術劇場の鶴岡智恵子、まつもと市民芸術館の草野広樹、茨木市市民総合センターの落合佳人、プロデューサーの穂坂知恵子、隆太さんのマネージャー杉原太平さんの総勢七名。
その模様を写真とともに、「制作日誌」としてお届けいたします。

9月12日 木曜日

ソルトレイクシティ空港
ソルトレイクシティ空港
台風の影響で被害甚大だった成田空港も、この日は通常通りの運行。16時過ぎに快晴の成田空港を出発し、約8時間のフライトを経て、最初の乗り換え地オレゴン州ポートランドに到着。到着時刻は、現地時間の朝9時。12日をもう一度朝からやり直す感覚。ソルトレイクへの乗り換え便まで3時間程あるので、皆、それぞれに空港内を散策して過ごす。

「HISSOHO SUSHI」という日本食風の店を含め飲食店が何店かあるが、アメリカでの初の食事はハンバーガーだなと、示し合わせたように皆ハンバーガーを食べる。やはりドリンクカップが大きい、アメリカンサイズだ。

ポートランドから次の経由地ソルトレイクシティへは約2時間のフライト。2002年に冬季オリンピックが開催された都市であり、長野県松本市と姉妹都市でもある。美しい高い山に囲まれた町。ソルトレイクシティ国際空港での乗り換え待ち時間は、なんと6時間。来年には増築が完成する同空港をくまなく散策しても、まだ時間はたっぷり。日本時間を考えると眠さが込みあげてくるが、なんとか現地時間に合わせようと、皆、目をしばたかせている。

シーダーシティへ
シーダーシティへ
ソルトレイクシティから最終目的地シーダーシティまでは約1時間のフライト。50席ほどの小さなジェット機で、エンジンも小ぶり。ドリンクサービスも一切なしの夜間飛行。
現地時間で夜11時過ぎに空港に到着。空港は、ロッジのような温もりのある建物で、待機タクシーがゼロで困っていると、地元の女性二人が「通り道だから、ホテルまでお送りするわ」と同乗させてくれた。道中の会話で、その方は「エブリ・ブリリアント・シング」が特にお気に入りで、また見に行くとのこと。長旅の疲れが一気に吹き飛ぶ。ホテルの周囲には、ガソリンスタンド数店に、各種ファーストフード店があるのみ。澄み切った空気と星空に心が癒される。

シーダーシティ空港
シーダーシティ空港
【シーダーシティとは】
アメリカ合衆国、ユタ州南部のシーダーシティ。ソルトレイクとラスベガスのちょうど中間あたりに位置する、グランドキャニオン国立公園への入り口としても有名な、優しい時間の流れる観光と芸術の街だ。雄大な山々を遠くに眺め、鉄鉱石の採掘で栄えたというこの街は全体が標高約1800mに位置し、日中は日差しが強く夜は肌寒いが、風がとてもさわやかで心地よい。「標高こそ違えど、どこか松本に似た雰囲気がする」と松本の草野は嬉しそう。

ホテルには自然を満喫するアドベンチャーと、様々なフェスティバルに関する冊子がズラリと並んでいる。このシーダーシティは『フェスティバル・シティ』 とも呼ばれており、一年を通して、有名な映画、演劇、アートなどのフェスティバルが開かれているという。その中でも私たちが訪れた夏の「ユタ・シェークスピア・フェスティバル」は特に有名で、この人口約2万人の街に世界中から観客が訪れる。

9月13日金曜日

いざ、劇場へ
いざ、劇場へ
ホテルの朝食は、ホテルとは別棟の建物で。
ホテルの部屋を出た瞬間、山間部特有の朝の清々しい空気を感じながら、朝食会場へ向かうと、そこでは名前や部屋番号のチェックも一切なし、お代わり何杯でもOKというおおらかなスタイル。宿泊者用にひたすら天気予報のみを伝えるケーブルTVがBGMがわり。

制作チームは、時差による眠気と戦いつつも、早めにホテルを出発して、情報収集に向かう。ホテルから劇場まで、歩くこと15分。
広々とした道と明るい陽射し。気持ち良いけど結構暑い。フェスティバル主催の南ユタ大学の広い敷地の北東部に、3つの劇場と美術館が並んでいる。芝生や樹々も多く、ゆったりとした気持ちになれる。どの建物も個性的で美しい。


「エブリ・ブリリアント・シング」会場前で
「エブリ・ブリリアント・シング」会場前で

「エブリ・ブリリアント・シング」が上演されるEileen and Allen Anes Studio Theatreは、客席数200弱のコンパクトな空間。開演30分前にフェスティバルのスタッフが私達を優しく迎え入れてくれ、劇場を案内してくれる。
ロビーの高い壁一面に、終演後に観客が残していった「My BRILLIANT THING is ...」が貼り出されていて圧巻。
様々な色のポストイットに、ありとあらゆる人たちの想いが手書きで書かれ、読んでいるだけで、どんな人がどんな想いで書いたのだろう、と探る時間が楽しかった。私たちも、一人一枚ずつ「ステキなこと」を書き残してみた。




【ユタ・シェイクスピア・フェスティバルとは】
このフェスティバルはシーズンごとに劇場を仮設するのではなく、3つの恒久的劇場を持ち、年間を通して作品創造を支えている。フェスティバルは設立されてから約60年の歴史を持ち、その活動が評価され、2000年には第54回トニー賞の地方劇場賞を受賞している。劇場には他にも様々なトロフィーが飾られていた。今後の発展も見据えて、ちょうど数年前に真新しい劇場が建設されたところである。

My BRILLIANT THING
(左)観客が残していった「My BRILLIANT THING is ...」
(右)「My BRILLIANT THING is ...」を書く佐藤さん

【「EBT」観劇記】
そんなフェスティバルの参加作品の一つが「Every Brillant Thing」だ。200席程度の客席数の、舞台を四方から囲い込む小さな劇場で、フェスティバル期間中の4ヶ月間に渡り、上演されている。私達は開演前にフェスティバルの芸術監督とスタッフに挨拶。フェスティバルでは、2グループのチームが、地元ユタ州の高校を4ヶ月かけて本作を上演する教育プログラムも展開しているそうだ。

瓶の蓋に書かれた言葉
瓶の蓋に書かれた言葉
本作主演のマイケル・ドハティは、ユーモア溢れるとても気さくな方だ。
客席開場の時間になり、劇場内に入ると、既にマイケルが、にこやかに席を回って、小さなリストを配りながら、配った人たち一人一人に対して、お願いすることを丁寧に説明している。リストはノートの切れ端だったり、ポストイットだったり、瓶のふただったり。そこに番号と「ステキなこと」のフレーズが書かれている。こうして、開演前から、何かが起こる期待感に満ち溢れている。
マイケルに話しかけられ説明を受けると、アメリカの国民性のなせる技か、観客たちもノリノリで、楽しむ気満々。夫婦や家族で訪れている人がとても多かった。参加型と聞くと一瞬、構えてしまいそうだが、とてもリラックスした雰囲気で物語は始まる。それは、マイケルの人柄によるところ大!という気がした。

観客はマイケルに、自分の番号を呼ばれたら、リストに書かれたステキなことを読み上げる。
「1番!」「アイスクリーム」
「2番!」「水鉄砲合戦」
……
上演中もマイケルは舞台上だけでなく、ふらりと客席にも来てくれる。観客の目を見て、観客一人一人にも語りかけ、時にはハイタッチもする。「ステキなこと」が次々と積み上げられ、自分の発した些細なことかもしれないフレーズが、マイケルと交わした些細な会話がきっかけとなり、物語が展開していくのがとても面白く新鮮だ。この空間でドラマが「今、生まれていく」瞬間に立ち会う体験だ。

話が進むと、会場全体の一体感がどんどん増していく。この作品の主人公だけではない。観客である私たちも日々色々な悩みを抱えていきている。それでも人生は素敵なことが溢れていて、その一つ一つがどれだけ素晴らしいことか。人生の喜怒哀楽(怒は本作に出ないけれど)が凝縮された1時間強を、体験し、みんなで共有し、それに気づかされる。会場の全員でこの作品を創った感覚だ。役割を与えられ、隣の観客が物語の登場人物にもなったりする。一人の男のドラマに、まさに人生の中に「入っていける」新しい演劇体験だ。濃厚な時間がそこにあった。

佐藤隆太さんの最初の感想は「ものすごく面白い体験が出来る演劇ですね!」。
確かに何回も見たく、体験したくなるとても楽しい作品だった。
終演後のロビー
終演後のロビー
一見重そうに見えるテーマを扱っているるのに、最後はものすごい希望に包まれる。演出の谷さんも興奮気味にささやいた。「こんなスタンディングオベーションは見たことなかったですね。会場にいるみんなを称え合っているような」。確かに私たちも、役・役割を与えられた会場全員に拍手を自然と贈っていた。

終演後は、出演のマイケルさんにインタビュー。
こちらの人数が多かったため、楽屋ではなく、フェスティバル事務局のある建物2階の、広々とした応接間で和やかな取材が始まった。

夜はホテル近くにあるステーキレストランで懇親会。
控えめに注文したが、やはりアメリカンサイズ、途中で注文の一部をキャンセルしたが、それで丁度良かった。どの料理も美味しくて、今日観劇した芝居の感想を語りあい、「この作品が心から好きになれた」という隆太さんの言葉に一同深く頷く。百聞は一見にしかず、を体感した充実した一日であったことを、皆で寿いだ。

9月14日土曜日

劇場ツアー(全景)

午前中は、フェスティバルのご好意でバックステージツアーに参加させてもらった。
昨日、観劇した「エブリ・ブリリアント・シング」の会場からスタート。昨日より、小道具が増えている。「あれれ?」と思ったら、この日の昼公演の別の芝居のために「セットチェンジ」が行われた模様。「そうか、2つのプロダクションで共有のセットを使っていたのだ」ということに、この瞬間に気づく。
「エブリ・ブリリアント・シング」は簡素な舞台で、というト書きがあるのに、結構飾り混んであるセットだったのが「不思議だねえ」と皆で話していたので、その謎が解けて一同、すっきりした気分。
フェスティバル会場には3つの劇場があるが、どの劇場も素晴らしい。衣装製作部屋の広さに一同驚愕する。我々が色めき立って見学していたせいか、ガイドさんが「階段しかないから、通常は行かないところだけど。」と、最高に見晴らしの良い、彼女の秘密の場所に案内してくれた。ブラボー!

劇場ツアー(EBT会場)
(左)エブリ・ブリリアント・シング会場/Eileen and Allen Anes Studio Theatre
(右)JOSEPH AND THE AMAZING TECHNICOLOR DREAMCOAT会場/Randall L. Jones Theatre

PH111
JOSEPH AND THE AMAZING
TECHNICOLOR DREAMCOAT

予定時間を大幅に超えて見学したあとは、サブウェイのような消防隊風サンドイッチ店で昼食。

午後は、Randall L. Jones Theatre で、アンドリュー・ロイド・ウェーバーの「JOSEPH AND THE AMAZING TECHNICOLOR DREAMCOAT」を観劇。
劇場ロビーには、蝶ネクタイの老紳士がピアノ演奏をしてお客様をお迎えし、観客は「この時間を楽しむぞ!」と意気込んで、心底楽しんでいるようだ。まるで地元のアメフトチームを応援するかのようなノリだ。役者が登場すると、もう大喝采。
劇場2階の手すりには金箔が施されている瀟洒な劇場で、地元の人たちが家族や友人たちと社交を楽しむ格好の場であることがヒシヒシと伝わってくる。

夜8時から「エブリ・ブリリアント・シング」の2回目の観劇。


観劇を終えて
観劇を終えて

4面客席なので、昨日とは異なる位置から観劇することに。開演時間や観客が異なることで、演技が変わる・変わらないところが垣間見えて興味深い。

帰り道、ホテル近くのデニーズで遅い夕食。
南ユタ大学のアメリカンフットボールの試合がちょうど終わったところで、サンダーバーズの赤いシャツ姿のお客さんで店内が埋まっていく。賑やかな中、これからの創作に向けて、(デニーズはアルコールがないので)ソフトドリンクで乾杯する。




9月15日日曜日

演出の谷さんは、「僕、アメリカ大陸、初めてなので、是非、本場ニューヨークに行きたい!」と朝5時45分、空港に向けて一人出発。ニューヨークでの感動の嵐の詳細は、ご本人のツイッター@playnoteに詳細があります。

残りの六名は、朝、シーダーシティーを発って、ソルトレイクシティ経由で、夕方、ロサンゼルスへ到着。フライトの関係で直行便がなく、ロサンゼルスで一泊することになった。おおらかな山の生活から、一挙に都会の喧騒へ。アメリカ最後の夜は、各自、自由行動。制作チームの一部は、マリーナ・デル・レイで久しぶりに見る「海」を堪能。

9月16日月曜日

機材不良で機体変更があり、1時間半遅れのお昼12時にロサンゼルスを出発。約10時間のフライトで、日付変更線を超え、翌17日午後3時過ぎに羽田に到着。一同、日本での公演にそれぞれの想いを乗せて、空港にて解散。

弾丸ツアー、無事に終了いたしました。
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